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死生観について考える

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「死」について

自分の生き様であったり、死に様を考えたことがあるでしょうか。
死生観は、死ぬことと生きることの意味を考えることです。
若いときは自分が死ぬのではないかということについて直面することが少ないです。

それも、自分と同じ世代で死んでしまった人が少ないからですね。
自分が今生きているということは意識していなくても実際に生きているわけですから、実際に意識することは少ないと言えます。
若いときに誰かの葬式に立ち会ったことはあるでしょうか。

お年を召した親類がなくならない限り、なかなか人の死について意識することはないかもしれません。
人間よりも寿命が短い動物を飼っているのであれば、自分のペットの死と向き合うことになるのではないでしょうか。

自分がペットの死に真剣に向き合えるかどうかは、ペットをどれだけ大事にしているかに寄るのではないかと思われます。
要するに、死というものに直面するということが少なくなってきたということが言えます。

近代以前の社会であれば、人の生と死というのは、共同社会にとって関心ごとになっていました。
特に、人の死については、家族だけでなく、地域社会の人々に見守れるということでした。

死との直面

ですから、人の死に直面することは多かったということが言えます。
臨終に居合わす期間が多く、死ぬ者の末期を見守ることができたということがあります。
現代社会に比べて、近代社会は寿命が短いということもあり、死にいく者の死に際について見守ることができるということから、死について考えることが多かったということが言えるでしょう。

現代社会では、医療技術の進歩と家族に関する考え方の変化により、死を身近なものとして目撃することが少なくなってきたということが言えます。
要するに、人間は平均したら80年は生きるということになりますので、死について考えなくなったということがあるでしょう。

人は長生きしたいという欲がありますから、健康食品の需要が伸びたり、健康というものについて興味があるような人が増えてきたということが言えます。
長生きについては考えるわけなんですけど、どうやって死ぬのかということは考えないわけです。

若いときに一回どうやって死ぬのかということを考えてみてはいかがでしょうか。
ただ長生きすれば言い訳ではなく、最先端の医療設備に囲まれながら、最大限の延命治療を受けるということがどうなのかなと考えたりします。

ただ、生かされる治療ではなく、自分の好きなことをして死んで生きたいと思うものではないでしょうか。
それって、自分の死生観によって変わってきます。

医者と患者は信頼関係を保ちながら治療を行っていくわけなのですが、医者と患者が死生観に基づいて治療方針を決めたほうがいいですね。

介護というのも同様で、ホームヘルパー2級を持つ介護職員と利用者との間で信頼関係を築きながら、介護サービスを提供するといったことが必要になってきます。

死生観は、その人が生きてきた宗教観だったり、今までの生き方が出るものだと思います。

死について何も考えずに、死んでいくのはもったいないことなので、一回死について考えてみることで、生きるということが考えられるのではないでしょうか。
どう生きていくのかということを見直すきっかけにもなるでしょう。